工場排水の基準|法律・条例・処理方法をわかりやすく解説

工場や事業所から排出される排水は、そのまま河川や海に流すと水質汚濁を引き起こし、生態系や人々の生活に深刻な影響を及ぼします。
こうした環境被害を防ぐため、日本では「水質汚濁防止法」により、排水の基準が法令で厳しく定められています。さらに、地域によっては自治体が独自に国より厳しい基準を設けている場合もあります。
今回は、工場排水の基準や根拠となる法律や条例、そして基準を守るための処理方法までわかりやすく解説します。企業の環境保全やコンプライアンス対応の参考にしてください。
工場排水の基準は法令で定められている
工場排水の基準は、国が定めています。
排水基準の概要
工場や事業所から排出される排水は、河川や海、湖沼などの公共用水域に直接または間接的に流入します。そのため、排水に含まれる汚濁物質の濃度や性質を放置すれば、水質悪化や生態系の破壊、漁業・農業・飲料水の利用への悪影響が生じます。
こうした環境被害を防ぐため、日本では国が定める「一律排水基準」が設けられています。この基準は、水質汚濁防止法に基づき設定されたもので、特定施設を有する工場や事業所が排水を排出する際には、この基準値を満たすことが義務付けられています。
基準値には、
・水素イオン濃度(pH)
・生物化学的酸素要求量(BOD)
・化学的酸素要求量(COD)
・浮遊物質量(SS)
などのほか、水銀やカドミウムなどの有害物質に関する項目も含まれます。これらは全国共通の数値です。
生活環境・自然環境保護のために必要な数値規制
排水基準は、単なる数値規制ではなく、生活環境や自然環境を守るための重要な役割を担っています。たとえば、BODやCODといった有機汚濁の指標は、水中の酸素消費量を示すものです。数値が高ければ高いほど水中の酸素が奪われ、生物が生息しにくくなります。魚介類が減少し、漁業資源が失われれば地域経済にも深刻な影響が及びます。
また、水銀や六価クロムなどの有害物質は、微量であっても人間や動物に蓄積し、健康被害を引き起こす恐れがあります。かつて日本では、公害病の発生が社会問題となり、その教訓から厳格な数値規制が導入されました。
こうした基準は、単に工場の操業を制限するためではなく、地域住民の安全や持続可能な社会を守るための「社会的なルール」として位置づけられています。
法律上の「排水」の定義
水質汚濁防止法における「排水」とは、工場や事業場から排出される汚水または廃液を指します。この中には、生産工程で生じた排水だけでなく、洗浄や冷却に使用した水、さらには施設内の床清掃で発生した水も含まれる場合があります。
また、排水には直接公共用水域に放流されるものだけでなく、下水道や他の水路を経由して流入するものも含まれます。重要なのは、「水質を汚濁する恐れのある水はすべて規制対象になり得る」という点です。
一方で、単なる雨水や生活排水などは工場排水の直接的な規制対象外となるケースもありますが、自治体や施設の構造によって扱いが異なるため、事業者は事前に確認しておく必要があります。
水質汚濁防止法とは?
工場排水の基準を定める「水質汚濁防止法」の概要について、説明します。
法律の目的と制定背景
水質汚濁防止法は、公共用水域や地下水の水質汚濁を防ぎ、人の健康や生活環境を保全することを目的としています。制定は1970(昭和45)年、公害対策基本法とともに公害防止のための重要な柱として位置づけられました。
その背景には、高度経済成長期に深刻化した公害問題があります。化学工場や製造業からの排水によって河川や沿岸が汚染され、魚介類の大量死や飲料水の汚染、さらには水俣病やイタイイタイ病といった健康被害が発生しました。これらの事件は社会に大きな衝撃を与え、国は法整備を急ぎました。
水質汚濁防止法は、こうした苦い経験を踏まえ、排水規制を強化し、持続可能な水環境の維持を目指すための根幹法となっています。
特定施設の届出義務
法律では、排水を行う施設のうち、水質汚濁の原因となり得る施設を「特定施設」として指定しています。
・食品加工
・化学製品製造
・金属加工
・パルプ・紙製造
など、汚濁物質を多く排出する可能性のある業種が該当します。
事業者は、特定施設を新設・変更する場合、稼働開始の60日前までに都道府県知事または政令市長へ届出を行わなければなりません。また、施設の廃止や用途変更の場合も同様に届出が必要です。
この届出制度は、行政が事前に排水規模や内容を把握し、必要に応じて指導・監督を行うための重要な仕組みです。届出を怠った場合は、行政指導や罰則の対象になる可能性があります。
一律排水基準(pH、BOD、COD、SS、重金属類など)
水質汚濁防止法では、全国共通で適用される「一律排水基準」が定められています。主な項目は以下の通りです。
・pH(水素イオン濃度):5.8〜8.6の範囲内
・BOD(生物化学的酸素要求量):1リットルあたり160mg以下(日間平均 120mg/L)
・COD(化学的酸素要求量):1リットルあたり160mg以下(日間平均 120mg/L)
・SS(浮遊物質量):200mg/L以下
<有害物質>
・カドミウム及びその化合物:0.03mg Cd/L
・水銀:0.005 mg Hg/L
・鉛:0.1 mg Pb/L
・六価クロム:0.2 mg Cr(VI)/L
・ヒ素:0.1 mg As/L
・シアン: 1 mg CN/L
(参考:https://www.env.go.jp/water/impure/haisui.html)
これらは最低限守るべき基準であり、業種や立地によっては自治体がさらに厳しい上乗せ基準を設定している場合もあります。
基準は、水生生物の生息や飲料水の安全を確保するために科学的根拠に基づいて設定されており、定期的に見直しが行われています。
罰則や行政指導の概要
排水基準に違反した場合、事業者は行政指導や改善命令を受けることがあります。命令に従わなかったり、重大な違反を行ったりした場合には、刑事罰の対象となります。
主な違法行為は以下の通りです。6か月以下の懲役または50万円以下の罰金が課されることがありますので、注意してください。
・排水基準違反
・無届で特定施設を設置・変更した場合
・虚偽の届出や報告を行った場合
また、重大な水質汚濁事故を起こした場合、民事責任として被害者への損害賠償義務も発生します。さらに、企業の社会的信用は大きく損なわれ、取引先や顧客からの信頼を失う可能性もあるでしょう。
このため、単に法律遵守のためだけでなく、企業の存続やブランド価値を守る意味でも、適切な排水管理が不可欠です。
各自治体の条例でも排水基準の規定がある
さらに、各自治体が独自に排水基準を定めている場合があります。
国の基準より厳しい上乗せ基準の例
水質汚濁防止法の一律排水基準は全国共通ですが、自治体は地域の環境保全や水源保護のため、独自により厳しい「上乗せ基準」を設定できる権限を持っています。
このような例があります。
【千葉県】
印旛沼・手賀沼流域では、一日の平均的な排水量が国の基準より少ない事業場にも、生活環境項目の基準を適用している
(参考:https://www.pref.chiba.lg.jp/suiho/haisui/koujou/gaiyou.html)
【熊本県】
カドミウムの排出基準が、国の「0.03mg/L以下」に対し、条例では「0.01mg/L以下」と、より厳しく定められている
(参考:https://www.pref.kumamoto.jp/uploaded/attachment/53213.pdf)
こうした上乗せ基準は、特に飲料水源や漁業資源が豊富な地域、観光資源としての湖沼や海岸を抱える地域などで制定されている傾向があります。
つまり、国の基準を満たしているからといって安心できず、地域の条例も確認しなければなりません。
地域特有の産業や水域事情による差
上乗せ基準の内容は、自治体ごとの産業構造や水域の状況によって異なります。
たとえば、金属加工業が盛んな地域では、鉛や亜鉛、ニッケルといった金属類の規制値が厳格化されている場合があります。逆に、食品加工業が多い地域では、有機性排水に関連するBODやCODの基準が強化される傾向があります。
また、湖沼や内湾などは、一度汚濁が進行すると回復が難しいため、特に厳しい規制が課されることがあります。瀬戸内海や琵琶湖流域では、富栄養化防止のため窒素やリンの排出基準を設定している例もあります。
このように、同じ業種であっても立地によって遵守すべき数値が異なるため、全国一律の基準だけを頼りにするのは危険です。
自治体の担当部署と相談の重要性
事業者が新たに工場を設置したり、生産工程を変更したりする場合は、必ず事前に自治体の環境保全担当部署へ相談することが重要です。
担当部署では、国の一律基準だけでなく、地域条例や特別規制、さらには水域の保全計画なども踏まえて指導を行います。事前相談によって、設備投資や運用コストを抑えつつ、適法かつ環境負荷の少ない操業計画を立てやすくなります。
また、自治体によっては排水水質検査の頻度や方法を細かく指定している場合があり、これを怠ると行政指導や罰則の対象になることもあります。
法律や条例は改正されることもあるため、最新情報を得るためにも定期的な相談と情報収集が欠かせません。
工場排水を基準以下にするためには
工場排水を基準値以内に抑えるためには、まず適切な排水処理施設の設置が欠かせません。
代表的な処理方法としては以下のようなものがあります。
・沈殿処理:排水中の砂や泥、浮遊物質(SS)を重力で沈殿させて除去します。最も基本的な処理方法で、他の工程の前処理としても利用されます。
・凝集処理:凝集剤を添加し、微細な粒子を大きなフロック(塊)にして沈降しやすくする方法です。無機性排水や濁水の処理でよく使われます。
・ろ過処理:砂や活性炭、膜などのフィルターを通して、微細な浮遊物や一部の溶解物を除去します。
・生物処理:微生物の働きを利用して有機物を分解します。代表的なのは活性汚泥法で、食品加工や紙パルプなどの有機性排水に効果的です。
これらの処理は単独で用いられる場合もあれば、複数を組み合わせて多段階処理を行うこともあります。重要なのは、排水の性状や濃度に合わせて最適な処理方式を選び、定期的なメンテナンスと水質測定を行うことです。
まとめ
工場排水の基準は、水質汚濁防止法をはじめとする法令によって厳しく定められています。国の一律排水基準に加えて、自治体ごとにさらに厳しい上乗せ基準が設けられる場合もあり、事業者は両方を把握して遵守しなければなりません。
その背景には、過去の公害問題から得た教訓があり、排水基準を守ることは、単なる法令遵守にとどまらず、企業の社会的責任(CSR)やブランド価値の維持・向上にも直結します。
また、工場排水には有機性、無機性、有害物質を含むものなどさまざまな種類があり、それぞれに応じた処理方法が求められます。沈殿、凝集、ろ過、生物処理といった適切な排水処理施設の設置は、環境負荷の低減と水資源の有効活用につながります。