凝集沈殿処理の見えない敵:過酸化水素が排水処理を狂わせるメカニズム
排水処理設備が突然、処理不良を起こす。pH調整も凝集処理も問題ない。重金属もきちんと反応しているはずなのに、沈殿槽からフロックが流出してしまう。この原因が「過酸化水素」だとご存知でしょうか。
今回は、凝集沈殿処理の現場に潜む見えない敵・過酸化水素の正体と、その攻撃メカニズムを解説します。
見えない敵の正体:過酸化水素
見えない敵の正体は、過酸化水素(H₂O₂)です。過酸化水素は鉄・亜鉛・クロムなどの重金属を含まず、水質基準の規制対象物質でもありません。通常の排水処理設備では、pH値が低い程度の問題としか認識されていないことが多い物質です。
ところが、ひとたび排水中に存在すると、凝集処理が完璧に行われていても、あるとき突然、沈殿槽の中で破壊的な影響を発揮します。しかも「いつ」その影響が出るかわからない。機嫌のいいときは何事もなく通過し、あるときは猛威を振るうという、まさに天邪鬼な物質です。
※重要:過酸化水素はpH計でもORP計でも検知できません。通常の計測機器による監視ができないため、トラブルが起きるまで気づけないケースがほとんどです。
過酸化水素はどこからやってくるのか
過酸化水素は、製造現場では決して珍しい薬品ではありません。半導体・プリント基板・めっきをはじめとする表面処理の分野で、酸化剤・エッチング剤・洗浄剤・除去剤として幅広く使用されています。具体的な用途を挙げると、次のような場面で日常的に使われています。
・半導体製造における基板表面の洗浄・酸化膜除去工程(RCA洗浄など)
・プリント基板製造における銅箔のエッチング・酸化処理工程
・めっき前処理における金属表面の活性化・脱脂洗浄工程
・アルミニウム・ステンレスなどの化学研磨・表面改質工程
・各種製造ラインの設備・治具洗浄における殺菌・漂白工程
これらの工程では、過酸化水素は「処理に必要な薬品」として当たり前のように使用されています。問題は、過酸化水素が処理基準の対象物質に含まれていないという点です
排水処理設備を設計・導入する際、工場側がプラントメーカーに提示する情報は「除去すべき有害物質」が中心になります。
そのため、過酸化水素の使用情報が設計段階で共有されないまま、設備が完成してしまうケースが少なくありません。見えない敵は、最初から設計の盲点に隠れているのです。
攻撃のメカニズム:沈殿槽で何が起きるのか
過酸化水素の攻撃方法はシンプルですが、沈殿槽という場所で発動すると致命的な影響をもたらします。そのメカニズムを、順を追って説明します。
過酸化水素が自己分解して酸素ガスを発生させる
過酸化水素は化学的に不安定な物質で、温度・pH・触媒(金属イオンなど)などの条件が揃うと自己分解を起こし、酸素ガスと水に変化します。
2H₂O₂ → 2H₂O + O₂
排水処理設備の中には、重金属イオンをはじめ、過酸化水素の分解を促進する物質が多く存在します。そのため、排水が設備内を流れる過程で、この分解反応が起きやすい環境が整ってしまいます。
酸素ガスがフロックに付着して浮き輪になる
水中で発生した酸素ガスは気泡となり、水面へと上昇しようとします。開放された水域であれば問題なく放散されますが、沈殿槽のような静置状態の水中では状況が変わります。
気泡が水面に向かって上昇する途中で、凝集処理によって生成された重金属含有フロックに付着してしまうのです。
フロックは本来、重力によって底へ沈降するよう設計された処理物です。しかし気泡が付着すると、気泡の浮力がフロックに働き、沈降する力を打ち消してしまいます。複数の気泡が付着した場合、フロックは底へ沈むどころか、逆に浮き上がってしまいます。
フロックが流出して処理不良に
浮き上がったフロックは、沈殿槽の上澄み水とともに出口へ流出します。凝集処理によって丁寧に重金属を閉じ込めたフロックが、そのまま放流されてしまう。これが過酸化水素による処理不良の全体像です。
しかもこの影響は、過酸化水素の濃度がわずか数mg/L程度でも発生します。大量に含まれている場合だけでなく、ごく微量でも引き起こされるという点が、この問題をさらに深刻にしています。
なぜ気づきにくいのか
過酸化水素による処理不良は、発見が遅れやすい問題です。その理由は複数重なっています。
第一に、計測機器での監視ができません。pH計・ORP計では過酸化水素の存在を検知できないため、数値上はすべて正常に見えます。計測値を見ている限り、何も異常は起きていないように見えてしまうのです。
第二に、影響が不定期に発生します。過酸化水素が排水中に含まれていても、常に分解して気泡を発生させるわけではありません。分解が起きずに沈殿槽を通過することもあれば、突然猛威を振るうこともある。この不規則性が、現象と原因を結びつけることを難しくしています。
第三に、原因の特定に時間がかかります。処理不良が起きた際、担当者はまずpH・凝集剤の添加量・設備の異常など、通常の点検項目を確認します。それらに問題が見当たらない場合、原因の調査は長期化しがちです。過酸化水素という発想に至るまでには、相当な時間と経験が必要です。
過酸化水素以外にも潜む「見えない敵」
排水処理設備には、過酸化水素と同様に処理を妨害する見えない敵が他にも存在します。
・謎のガスを発生させてフロックを浮上させる物質(過酸化水素と類似のメカニズム)
・せっかく調整したpH値を急激に下げてしまう物質
・脱水処理でスラッジが脱水されないよう妨害する物質
これらの見えない敵に共通するのは、排水処理設備の設計・導入時に「処理すべき有害物質」として認識されていないという点です。製造工程で日常的に使われている薬品が、排水処理の現場では思わぬ形で悪影響を及ぼすことがあります。
スイレイの対策:使用薬品の全情報把握から始める
スイレイでは、排水処理設備の設計・計画段階で、工場で使用するすべての薬品情報を開示いただくことを重視しています。
除去対象の有害物質だけでなく、製造工程で使用する酸化剤・洗浄剤・エッチング剤なども含めた全薬品を把握することで、過酸化水素のような見えない敵の混入リスクをあらかじめ設計に織り込むことができます。
具体的には、以下のような流れで対応しています。
1.製造工程で使用するすべての薬品リストをご提示いただく
2.各薬品が排水処理に与える影響を分析・評価する
3.問題となりうる物質に対して、前処理・中和・除去などの対策を設計に組み込む
4.導入後も定期的な水質確認とトラブル対応をサポートする
「処理不良の原因がわからない」「突然フロックが流出するようになった」「計測値は正常なのに水質が悪化している」といった症状でお困りの場合も、まずはご相談ください。スイレイでは、使用薬品の確認から原因の特定・対策立案まで一貫して対応しています。
まとめ
今回は、凝集沈殿処理の現場に潜む見えない敵・過酸化水素について解説しました。規制対象外で計測機器にも引っかからない過酸化水素は、排水処理設備の設計段階で見落とされやすく、導入後に突然トラブルを引き起こす厄介な存在です。
こうしたリスクを未然に防ぐためには、設計・計画段階で製造工程の全薬品情報を把握しておくことが何より重要です。排水処理設備の新設・更新をご検討の際は、ぜひスイレイへご相談ください。