性能だけでは選ばれない時代に〜ヨーロッパのエアコン事情とジョブ理論から考える水処理設備のあり方
ここ数年の夏の暑さは、もはや「暑い」のひと言では片づけられないものになりました。エアコンなしでは命の危険さえ感じる日が続き、世界各地でも記録的な猛暑が相次いでいます。
そんな中、ヨーロッパでは中国メーカーのエアコンがよく売れているといいます。興味深いのは、その理由が「安いから」ではないという点です。技術力や耐久性では定評のある日本製エアコンを差し置いて、なぜ中国製が選ばれているのでしょうか。
今回は、ヨーロッパのエアコン事情を入り口に、マーケティングの世界で知られる「ジョブ理論」という考え方を紹介します。そして最後に、この視点が水処理設備の世界にもそのまま通じることをお伝えします。
ヨーロッパで中国製エアコンが売れている理由
日本製エアコンが選ばれず、中国製エアコンが支持されている背景には、ヨーロッパならではの住宅事情や手続きの壁があります。
まずは、エアコンの普及状況と、設置までに消費者が直面する課題から見ていきましょう。
エアコン普及率が低いヨーロッパを襲う猛暑
日本では、エアコンは当たり前の生活インフラです。内閣府の消費動向調査によると、二人以上の世帯におけるルームエアコンの普及率は2026年3月末時点で92.2%に達しています(※1)。
アメリカでもおよそ9割の家庭がエアコンを使っているとされます。一方、国際エネルギー機関(IEA)の推計では、ヨーロッパの家庭のエアコン普及率は20%程度にとどまります(※2)。
これは、もともと夏が比較的涼しく、エアコンを必要としない暮らしが長く続いてきたためです。ところが近年は、ヨーロッパでも40℃に迫る猛暑が珍しくなくなりました。エアコンを持たない多くの家庭が、急に「今すぐ涼しくなりたい」という切実な状況に置かれているのです。
※1:参考
「消費動向調査 令和8年3月実施調査結果(内閣府)」https://www.esri.cao.go.jp/jp/stat/shouhi/honbun202603.pdf
※2:参考
「Staying cool without overheating the energy system(IEA)」https://www.iea.org/commentaries/staying-cool-without-overheating-the-energy-system
設置までに立ちはだかる「許可」の壁
では、ヨーロッパの人々は電器店に行けばすぐにエアコンを手に入れられるのかというと、そう簡単ではないのです。
たとえば賃貸アパートに住む人がエアコンを付けたいと考えたとします。まず大家さんから「壁に穴を開けるのは困る」と言われます。ヨーロッパには歴史的な建造物が多く、外観の変更や壁の穴あけが厳しく制限されている地域も少なくありません。
管理会社に相談すれば、ほかの住民の同意を求められることもあります。ようやく同意を集めて役所に申請しても、許可が下りるまでには時間がかかります。
そうこうしているうちに夏は本番を迎え、設置業者の予約は埋まり、見積額も上がっていく。エアコンそのものの性能以前に、「付けるまでの道のり」が長すぎるのです。
室外機なし・穴あけ不要という中国メーカーのエアコン
こうした事情を抱えるヨーロッパの消費者に向けて、中国メーカーが打ち出しているのが、室外機を設置せず、壁に穴を開ける必要もない移動式のエアコンだといわれています。
届いたら自分で10分ほどで設置でき、コンセントに挿せばすぐに冷風が出てくる。工夫はそれだけではありません。
たとえば、「冷媒が2キロを超えると年1回の検査が必要になる」というルールがあるとしたら、冷媒の量を1.99キロに設定して検査の対象から外す。「夜間に36デシベルを超えると罰金」という騒音のルールがあるとしたら、吹き出し口のデシベル表示を35に抑える。
ルールの線引きをきっちり把握したうえで、その内側に製品を収めることで、ユーザーが検査や近隣トラブルに煩わされずに済むようにしているのです。
大家さんの許可も、業者の予約も、役所の手続きも必要ありません。消費者にとっては、まさに「待っていた答え」だったわけです。
「工業製品」と「サービスパッケージ」という発想の違い
同じエアコンでも、日本メーカーと中国メーカーでは、製品づくりの出発点が大きく異なります。
ここでは、両者の発想の違いを「工業製品」と「サービスパッケージ」という言葉で整理してみます。
精度と耐久性を突き詰める日本のものづくり
日本のエアコンメーカーは、長年にわたって技術を磨き続けてきました。0.1度単位の温度制御、省エネ性能の向上、そして機器をより長く使えるようにするための耐久性。どれも世界に誇れる技術であり、日本のものづくりの真骨頂といえます。
ただ、その技術力は「エアコンが設置されていること」を前提に発揮されるものです。どれほど高性能でも、壁に穴を開けられない家には取り付けられません。
ヨーロッパの店頭で日本製エアコンを値下げしても手に取ってもらえないのは、性能や価格の問題ではなく、そもそも「設置できない」という壁があるからなのです。
ユーザーの「面倒」を丸ごと取り除く中国メーカーの設計
一方の中国メーカーは、製品の性能そのものよりも、ユーザーが抱える「面倒」に目を向けました。簡単に設置したい、手続きを省きたい、隣人から苦情を言われたくない。そうした声を拾い上げ、製品・規制対応・使い方までをひとつのパッケージとして提供したのです。
日本は「工業製品」として最高のものを追求し、中国は「サービスパッケージ」として課題をまるごと解決した。もちろん極端な対比ではありますが、なるほどと思わされる部分もあるのではないでしょうか。
ジョブ理論で読み解く「選ばれる理由」
なぜ性能で勝る製品が、必ずしも選ばれるとは限らないのでしょうか。この疑問をわかりやすく説明してくれるのが、マーケティングの世界で広く知られる「ジョブ理論」です。
ここでは理論の基本と、エアコンの事例への当てはめ方を見ていきます。
ジョブ理論とは何か
ジョブ理論は、ハーバード・ビジネス・スクールの教授だったクレイトン・クリステンセン氏が提唱した考え方です。顧客は製品そのものを買っているのではなく、自分が片づけたい「用事(ジョブ)」を片づけるために製品を「雇っている」と捉えます。
ジョブ理論を語るうえでよく紹介されるのが、あるファストフード店のミルクシェイクの事例です。店がミルクシェイクの売上を伸ばそうと、味や量、価格について顧客アンケートを重ねても、売上はほとんど変わりませんでした。
そこで「誰が、いつ、どんな状況で買っているのか」を観察してみると、意外な事実がわかります。売上の多くは朝の時間帯で、車で長い通勤をする人が、退屈な運転中の手持ち無沙汰を満たし、昼まで空腹をしのぐために買っていたのです。
顧客がミルクシェイクに求めていたのは「おいしさ」よりも、「片手で長く楽しめて、腹持ちがよいこと」でした。このジョブがわかれば、改善すべきポイントも自然と見えてきます。
ヨーロッパの消費者の本当のジョブは「今すぐ、手間なく涼しくなること」
この考え方をエアコンに当てはめてみましょう。
猛暑に直面したヨーロッパの消費者が片づけたいジョブは、「高性能なエアコンを手に入れること」ではありません。「今すぐ、余計な手間をかけずに、部屋を涼しくすること」です。
そう考えると、0.1度の温度制御や10年以上の耐久性は、このジョブにとっては優先度が高くありません。それよりも、許可が要らない、すぐ設置できる、トラブルにならないといった要素こそが、顧客に「雇われる」決め手になったのです。
機能・感情・社会の3つの側面から見る
ジョブ理論では、顧客のジョブには機能的な側面だけでなく、感情的な側面や社会的な側面もあると考えます。
機能的な側面は「部屋を涼しくしたい」という目的そのもの。感情的な側面は「手続きのストレスから解放されたい」「暑さで眠れない不安をなくしたい」という気持ち。
そして社会的な側面は「大家さんや隣人との関係を悪くしたくない」という思いです。中国メーカーの移動式エアコンは、この3つのジョブすべてに応えていたからこそ、価格以上の価値を認められたといえるでしょう。
水処理設備にも通じる「顧客のジョブ」という視点
エアコンの話は、一見すると水処理とは遠いテーマに思えるかもしれません。
しかし「顧客は製品ではなく、ジョブの解決を求めている」という考え方は、水処理設備の世界にもそのまま当てはまります。
お客様が求めているのは「装置」ではなく「安定稼働と排水基準の順守」
工場や事業所が水処理設備を導入するとき、本当に片づけたいジョブは何でしょうか。それは「高性能な装置を持つこと」だけではなく、「排水基準を確実に守りながら、生産活動を止めずに安定して操業を続けること」です。
さらにいえば、「水処理のことで余計な心配をせず、本業に集中したい」という感情的なジョブや、「地域や取引先から信頼される事業所でありたい」という社会的なジョブも含まれています。
スイレイでは、水処理設備を単体の装置としてではなく、お客様の課題を解決するための手段として捉え、排水処理から用水処理まで幅広いご相談に対応しています。(※内部リンク:/service/)
設置スペースや既存設備など、現場ごとの制約に向き合う設計
ヨーロッパのエアコンが「壁に穴を開けられない」という制約に阻まれたように、水処理設備の導入にも現場ごとの制約があります。限られた設置スペース、稼働中の既存設備との取り合い、工事できる期間の制限、搬入経路の問題など、どれほど優れた水処理設備でも、こうした条件に合わなければ導入は進みません。
スイレイでは、設計の段階から現地の状況やお客様の運用体制を丁寧に確認し、それぞれの現場に合った水処理設備のかたちを提案しています。性能だけでなく、「その現場で無理なく導入し、使い続けられるか」という視点を大切にしています。
導入後の手間まで見据えた水質分析とメンテナンス
水処理設備は、導入して終わりではありません。排水の性状は生産品目や季節によって変化しますし、薬品の選定や運転条件の調整も欠かせません。お客様にとっては、導入後の運用にかかる手間や不安を減らすことも、大切なジョブのひとつです。
スイレイでは、自社のラボで排水の水質分析や薬品の評価を行い、最適な処理方法を検討しています。
>>スイレイのラボラトリー
https://www.suirei.co.jp/chemical/labo.php
また、定期点検やトラブル時の対応など、導入後のメンテナンスにも力を入れ、水処理設備を長く安定して使い続けていただけるよう支えています。
>>スイレイのメンテナンス
https://www.suirei.co.jp/maintenance/
まとめ:確かな技術と「ジョブ」への理解、その両方が価値をつくる
ヨーロッパで中国製エアコンが選ばれている背景には、顧客の本当のジョブを見抜き、その解決をまるごと提供したという発想がありました。
一方で、日本のものづくりが培ってきた精度や耐久性が価値を失ったわけではありません。今必要なのは、その技術力を「お客様のジョブを片づけるため」にどう生かすかという視点です。
水処理設備も同じです。確かな技術を土台にしながら、お客様が本当に解決したい課題に寄り添い、導入から運用までを見据えて応えていく。スイレイはこれからも、装置を納めるだけでなく、お客様の「片づけたい用事」に応えるパートナーであり続けたいと考えています。水処理設備に関するお悩みがございましたら、どうぞお気軽にご相談ください。